1.春日の由来と2,位置

  1.春日の由来
      春日は畑村といっていましたが、明治7年(1874)10月23日に現在の春日村(春日)に朝廷か
   ら名前をいただき改称しています。(西田利一郎家文書)
    
畑村は、永保3年(1083)(平安時代後期)以来伴氏の所領で、健武4年(1337)(南北朝時代)
   に伴大隅守資景が伴城山に畑村城を築きました。慶長5年(1600)(安土桃山時代)以後は伴
   上野介資光の領地となり畑村と八田村を所領していました。慶長7年(1602)羽柴若狭少将勝
   俊、慶長10年(1605)鳥居彦左衛門、慶長13年(1608)松平隠岐守、石川主膳頭、内藤紀伊
   守に代々交代しました。

      寛文3年(1663)(江戸時代)以来幕府代官の小堀仁右衛門、猪飼治郎兵衛、野田源左衛
   門、中根弥治助等の代官が管治しました。
    天和2年(1682)加藤明友が石見(島根県)より水口に転封となり水口藩が立藩され、以後水口
   藩の領地となりました。藩主は一時期鳥居氏に代わっていましたが正徳2年(1712)それまでの
   藩主鳥居忠英に代わって下野壬生(栃木県)より、加藤和泉守嘉矩が水口藩主として転封に
   なり再び加藤氏の領地となりました。明治維新後、明治4年(1871)の廃藩置県で水口県に属
   することになり、大津県所属を経てその翌明治5年(1872)滋賀県所属となりました。
   この時滋賀県は12郡に分けられましたが、甲賀郡はさらに10区に分けられ、畑村は八田、下
   山、伴中山、上・下・堂(明治8年(1875)に合併して山村となる)の伴谷地区の各村と下田村と
   ともに甲賀郡第2区に入りました。各村の戸籍事務・行政は戸長が担当しました。明治12年(1
    879)区制は廃止されましたが、明治18年(1885)には、旧甲賀郡第2区の6ヵ村を所管する連
   合戸長役場が、区域の中心地である春日村に設置されました。明治22年(1889)4月1日の市
   町村制施行により、春日連合戸長役場管内から下田村が分離独立し、八田・春日・下山・ 伴
   中山・山の各村は合併し、伴谷村が誕生、初代村長には春日の西田忠兵衛氏が選ばれ、村
   役場は伴中山に設置されました。
                                            ※(「伴谷の歴史」(平成18年11月、伴谷公民館編纂)を一部変更)
   (参考)

46億年前

地球誕生

奈良時代

710年~ 794年

安土桃山

1573年~1603年

35億年前

生命の誕生

平安時代

794年~1192年

江戸時代

1603年~1867年

2億~6500万年前

哺乳類の出現

鎌倉時代

1192年~1333年

明治時代

1868年~1912年

1千~ 500万年前

人類の誕生

南北朝時代

1333年~1392年

大正時代

1912年~1926年

80万~50万年前

ジャワ・北京原人

室町時代

1392年~1491年

昭和時代

1926年~1989年

飛鳥時代

592年~ 710年

戦国時代

1491年~1573年

平成時代

1989年~

   2.位 置
     春日は、
甲賀市の北西、、水口町の北部に位置し、東は東は蒲生郡日野町中山に、南は水口町
    山・水口町伴中山に、西は水口町下山・湖南市岩根・水口町八田に、北は蒲生郡竜王町山之
    上・東近江市鈴町にそれぞれ隣接しています。
 
   主要道路からの距離としては、甲賀市内を東西に走る国道1号線の信号「里北脇」交差点から
    北に4㎞入った所にあり、名神高速道路の竜王インターから9㎞、平成20年(2008)3月23日に
    開通した新名神高速道路の甲南インターから14Km、甲賀・土山インターから17㎞、信楽インタ
    
ーから18㎞の距離にあります。
      
当区の主要道路は、中央を南北に走る県道164号(水口竜王線)が縦貫して竜王町山之上
    に通じ、また、同県道の信号「春日」を起点とし名神高速道路の竜王インター方面への道路と
     して八田を経由竜王町まで通じている県道165号(春日竜王線)が北西方面に伸びており、近
    年は交通量も多く、当区内には交通信号も2カ所あり、車社会とはいえ交通事故の発生が危
    惧されているところです。
なお、県道164号線は現在春日から竜王町山之上間が一部地道とな
    
っていますが、平成22年(2010)には整備され舗装工事が完了の予定であり、完成すれば更
    に交通量が増えるものと思慮されています。

   参考)
       明治8年(1875)12月作成の
「春日村地誌」によると、
   「里程」として次のとおり記述されていますので、参考
   として記載します。
  
里程 滋賀県庁より東方陸地拾里九町廿間四尺四隣
   東は蒲生郡中山村元標へ壱里六町 北は同郡蒲生堂
   村元標へ壱里六町八間半 同郡山ノ上村元標へ壱里
   四町五拾六間 西は本郡八田村元標へ拾弐町十四間
   半 南は同郡伴中山村元標へ廿町十四間同郡山村元
   標へ廿壱町三拾六間 同郡水口駅元標より壱里半 蒲
   生郡八幡町へ四里半 神埼郡八日市村へ三里半
  
   ※ 春日の元標は、字「四辻」(北村佳晴氏宅南側の交差点の南
 
        角、中川章氏宅東北角)にあり、春日の起点でした。山村元
          標へは峯道を通っての距離です。
       
(参考) 尺貫法=長さ・面積の単位、(里、町、間、丈、尺、寸)

 

1

= 36

 

 

 

 

≒3.927キロメートル

 

1町

= 60

= 360

 

 

≒109.09メートル

 

 

1間

= 6尺

 

 

≒1.818メートル

 

 

1

= 10尺

 

 

≒3.03メートル

 

 

 

1尺

= 10

= 10/33メートル

≒0.303メートル

 

 

 

 

= 1

= 1/33メートル

≒3.03センチメートル

             ※大正10年(1921)に尺貫法が廃止されメートル法へ移行されています。

                   ただし、本格的なメートル法の普及は、昭和26年(1951)にメートル法の使用を義務付けた計量法の
             
  施行からです。
    

   【現在の春日(平成21年1月)】






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