11.耕地の基盤整備

   1.第二次農業構造改善事業
   【趣旨】
        昭和44年3月14日。水口町役場より第2次構造改善事業促進対策要綱(案)が当地区に示
     され、其の趣旨は近年に於けるわが国の経済の高度成長に伴う国民所得の増大、生活水準
     の向上、食料需要の変化、国土利用の変貌、このような中で農業の近代化へ、農業経営者
     側の構造的対応を確立する為の、必要な事業を総合的に実施しようとするものである。
   【方針】
       その方針として自立経営の規模の拡大、生産性の高い、地域農業の中核的な農業構造を
     図り究極の目標として、規模の拡大及び生産の組織化を図り改善を推進する。
   【期間】
       この対策は、農業を振興すべき地域で、農業者の意向、土地条件、生産の組織化の条件
     の整った地区で、昭和44年以降10年間で改善計画を樹立、実施するものとする。
       是により当地区は昭和44年5月10日以来度重なる区民の会合、地域の計画、受益者の会
     合、難問山積、地域指定推薦を再々町役場に返上するも聞き入れられず、然し、将来を展望
     し昭和45年当地区民一同が、農業の将来展望を考え、受け入れ、計画、実施された。昭和67
     年(平成4年)3月借入金返済完了予定を、平成2年2月10日を以て繰り上げ償還之を以て返済
     完了。
   【内容】
       昭和46年11月15日「伴中山茶生産組合」発足  組合長:平田 久一氏組合員一致協力し
     て茶生産の進歩的技術の導入により、生産性の向上、農業経済の安定を図り以て茶生産
     振興に資するを目的とする。

   昭和46年度事業費    2.174.000円
                        面積    5.39ha
                     借入金    1.730.000円
     昭和47年度事業費     4.792.000円
                         面積   11.00ha
                      借入金   3.830.000円
     昭和50年1月21日   (毎日新聞)
     構造改善事業の一環として、16haを茶
     畑として開拓。初のケースとして「伴中
     山茶生産組合」として共同茶園を昭和45
     年から2年間県が6.200万円で県下で 
     造成する。

       計画では、品質の統一された中級の茶を大量生産し、10a当たり16万円の収入を上げる。
     茶は、苗を植えてから収益が上るまで8年以上かかると言われている。湖南・水口両工業団
     地が近くに出来、工場勤めに出る農家が相次ぎ増加し茶畑の維持管理が難しくなってきた為、
     共同経営から、境界と換地を決めて、個人経営に変更して事業を進めていった。
   2.土地改良区50年の歩み。
 
      農林省では昭和30年代後半になると、第一次構造改善事業が打ち出され当土地改良区で
     は、取り入れなかったが、水口町では、昭和37年に町営で和野地区の圃場整備が施工され
     た。その後昭和40年に第二次構造改善事業が打ち出され、当土地改良区も、春日・山・伴中
     山区が計画区域に指定された。
     春日地区は団体営圃場整備事業に切り替えて、昭和45年度より施工されたが山地区では返 
     上され施工されなかった。
       伴中山地区は、色々な問題が山積されていた。この構造改善事業には農業施設がセットさ
     れていて、其の施設が既に農業協同組合にて着工されていたので、農用地の整備は取りや
     める事が出来ず、伴中山地先で圃場整備と山林を切り開いて茶園用の農地開発事業が当初
     の全体計画を変更して許可を得て事業を施工した。
   3.伴谷地区県営圃場整備事業・伴中山の概況

        伴中山地区は、第三次水口町総合発展
     計画により、北部丘陵地の「緑」の保全と
     活用を目指すゾーン、中央部の農業振興
     ゾーンは、古来より良質米を産し、水口町
    の農業
を担ってきた。本事業区域は、北
     部寄り一級河川、思川、及び支流の坊谷
     川、流域に開けた沖積平野からなる、水田
     地帯である。地形、勾配の主傾斜は、1
     /100から1/300程度の傾斜で、周囲
     に丘陵地を有し標高は145mから187m
     であり、東西に2q、南北に1.5qのヤツ
     デ状の形状をなしている。

 

 

     圃場の現状については、区画は不正形で
      狭小
、農道の幅員も狭く、水路は用、排
    水兼用の
土水路であるため、乾田化が図
     れず、効率的な機械化農業が出来ず、時
     代に即応した農業経営に支障を来たして
     いた。其の為本事業は、山・伴中山・下
     山3地区148haを対象土地基盤整備
     を実施し、区画整理、農道及び用排水路
     の整備と楊水機の設置と堀池による水
     確保の整備をし、農地の集団化を図り、
     大型機械の導入と近代化施設の利用に
     よる農業を確立し、農地の多角利用と農
     家所得の安定確保を図り、環境整備事
     業の農村下水道整備要望基準、地域農
     
家戸数の70%、農地の70%の基準を

    充たし、緑に包まれ、其の上都会にも負けない今日の快適な生活が営まれる様になった。
     農村下水工事着工、直前に幸いにも国の補助対象がかわり、山・伴中山・下山地域は工業
     下水に組み込まれ、春日・八田地区の様に地域での下水処理の管理を免れ、是も政治的な
     力の御陰を被った事も確かである。当時は環境の話を幾らされても聞く耳を持たず、ただ第
    二次構造改善事業に対する不満から、また、農業を取り巻く悪環境から、再三事業の諦め
     も何度か有ったが地区百年の大計が実り、明治9年測量登記、地権の確保より120年目
     に、ご先祖様より受け継いだ農地が平面化し、新しい地番に生まれ変わり、子々孫々まで美
     田を伝える事が出来たのは喜びの極みである。
  4.伴中山圃場整備事業の経過及び内容
       昭和56年、さつきが丘の工業団地の開発、買収契約の調印された時点で、用水ため池が正
     
保地域で無くなり、灌漑用水の確保の為にも是非圃場整備事業の計画、指導、補助、予算面
     での配慮を町当局に要望し、その後歴代の区長の申し送り事項となる。その後何度か圃場整
     備の話はあったが、機が熟せず昭和60年県並びに町土地改良課より未開発の土地について 
     
の、県営圃場整備の利点について説明がなされ集団化による無駄が省け、環境を含めた村
     づくりの基礎が出来、補助率が高いこと等の度重なる説明会の中で、この際農村発展の為に
     は基盤整備の必要性を感じるようになり、その結果地権者に対するアンケートを実施し、区民
     の心底を知ることに勤めた。然し何百年来の先祖伝来の所有地を変える事業については、個
     
人の欲望が交差し、かなりの抵抗があったが、話し合いにより百年の大計に向って地権者の
     同意を得ることが出来た。そうして色々の手続きを経て、昭和61年12月1日、先ず山地区に於
     いて起工式が行われ工事中の安全と1日も早い竣工を祈念した。
       伴中山、上地区に於いては一部如何しても同意の得られないが有ったが、昭和61年2月16
     日区長、改良組合長主催の推進委員会が開かれ、続いて同28日第2回を開催、同3月15日県
     営圃場整備事業の推進に係る事の確認覚書を区長より町長に提出した。しかし地域としてそ
     の後8回にも及ぶ地権者に対する説明会を得て漸く平成3年1月24日正式に願書を提出、3月
     14日委員の選出に漕ぎ着け、その後も20数回に及ぶ打ち合わせを経て平成4年9月11日工事
     の無事を祈り起工式を執り行った。
     その後は工事も順調に進み遂に世紀の大事業が平成8年3月竣工した。
     ・正保・北山
      (1)事業区域          水口町伴中山  正保・北山
      (2)区域面積          857.00a
      (3)事業量             整地工・道路工・用水路工・暗渠排水工・測量・換地一式
      (4)総事業費          125,986,930円   地元負担28.347.060円
      (5)事業期間          昭和61年2月〜平成8年3月。
      (6)事業負担区分   工事費22.5%        事務費25.0% 
                        (国費)          45.0%                  50.0%
                        (県費)          32.5%                  25.0%
                        (地元)          22.5%                  25.0%
      (7)10a当り工事費=1,469,780円    地元負担≒330,700円
     ・中切・六反田・杭原
      (1)事業区域          水口町伴中山  中切・六反田・杭原
      (2)区域面積          727.58a
      (3)事業量             整地工・道路工・用水路工・暗渠排水工・測量・換地一式
      (4)総事業費          135,197,424円      地元負担=30,419,420円
      (5)事業期間          昭和61年2月〜平成8年3月。
      (6)10a当り工事費≒1,858,180円         地元負担≒418,100円

  5.岩谷池ため池等整備事業
     
岩谷池の当初の整備は不詳であるが、昭和25年頃池の桁の整備(ハガネ入れ)が、農家
     の奉仕作業で実施された。流域は山すその土堀水路から、岩谷、彼岸田、村外の各田んぼ
     に農業用水を供給していた。老朽化により、平成10年頃から、池の桁から下の田んぼに漏
     水が発生してきた。ユンボ等による一時修繕を実施したが、漏水は少しづつ多くなり、防災上
     の危険が発生した。そこで、水口町農村整備課に平成12・13年度に要望を行った。平成14
     年に水口町によるボーリング調査。概略設計を実施。国に対して補助申請がされた。
     工事は県営事業として平成15年基本設計。平成16、17年にかけてため池の改修が実施さ
     れた。総事業費81,478,000円。堤体工事90m。消波ブロック工、洪水吐工、環境整備
     が実施された。

    

    溜池 碑
     北山新池 池の碑の字句。
     近江の国甲賀郡伴谷村北山池、廣 堤高十八尺余
     工費 二千五拾四円、内千六百四拾余円、字、前田負担金、四百拾四円、北山、城下、
     負担金、起工、明治参拾四年九月、
     竣工、明治四拾年四月、灌漑稲田、十町八反九畝余歩、
     在来池浅水○蒙早害○○○
     困田主協議浅○興奮積労投此位置為○、明治四十年○朱四月建之
     灌漑、地主中江添忠○書。
     碑 池 ○(裏)
     世話方、銘 12名、設計者 吉田 富吉(富夫)曽祖父。
     石工 山崎徳三郎(酒人)
     他、下山北山(通称芳ケ谷)より下山の林田四郎兵衛氏の金助谷の田地に灌漑用水の導水ト
     ンネルの設計も、富吉氏がされた。

       

                  

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